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「嫌われる勇気」のまとめと感想 | 名言が多く人間関係に悩む方におすすめ

「嫌われる勇気」のまとめと感想 | 名言が多く人間関係に悩む方におすすめ

この記事を書いている人

モチタケ

転職、副業、投資を駆使して金融資産1億円に挑戦中。第二新卒で未経験職種への底辺転職を経験した後、スキルを蓄積して大手上場企業の内定を獲得してきたジョブホッパー。転職、副業、投資のノウハウや、日々の気づきなどを発信。東京都在住。

【保有資格】ファイナンシャルプランナー、税理士試験(法人税法)、日商簿記検定1級、TOEIC900

2013年初版発行の「嫌われる勇気」。ためになった部分と特に印象に残った点について、備忘録もかねて書評にまとめたいと思います。
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「嫌われる勇気」の書評(まとめと感想) | 名言多く人間関係に悩む方におすすめ

「嫌われる勇気」のまとめノート【名言あり】

「嫌われる勇気」を読んで特に印象に残った点や名言、ためになる部分をまとめました。

人間の心理面での目標
・私には能力がある、という意識
・人々は私の仲間である、という意識
相手が幸せそうにしていたら、その姿を素直に祝福することができる。それが愛なのです。互いを束縛しあうような関係は、やがて破綻してしまうでしょう。
アドラー心理学では他者から承認を求めることを否定します。
他者から承認される必要はない。むしろ承認を求めてはいけない。
われわれは「他者の期待を満たすために生きているのではない」
他者の期待など満たす必要はない。
他者からの評価ばかりを気にしていると最終的には他者の人生を生きることになる。
他者もまた「あなたの期待を満たすために生きているのではない」のです。
相手が自分の思う通りに動いてくれなくても、怒ってはいけません。
それが当たり前なのです。
他者からの承認を得られたとして本当に幸福だと言えますか?
社会的地位を確立した人々は幸福を実感できていますか?
自分を変えることができるのは自分しかいません。
相手が変わることのサポートをすることはできますが、実際に変わるかどうかは本人次第です。
自分の人生について自分ができるのは「自分の信じる最善の道を選ぶこと」。
その選択について他者がどのような評価を下すのかは、自分にはどうすることもできない。
他者の課題には介入せず、自分の課題には誰一人として介入させてはいけない。
子供がなかなか靴の紐を結べずにいる。
忙しい母親からすれば、やってあげた方が早い。
しかし、それは介入であり、子供の課題を取り上げてしまっているのです。
そして介入が繰り返された結果、子供は何も学ばなくなり、人生のタスクに立ち向かう勇気がくじかれることになります。
アドラーはいいます。
「困難に直面することを教えられなかった子供たちはあらゆる困難を避けようとするだろう」
自由とは他者から嫌われることである。
あなたが誰かに嫌われているという事。それはあなたが自由を行使し、自由に生きている証であり、自らの方針に従って生きていることのしるしなのです。
他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを恐れず、承認されないかもしれない、というコストを支払わない限り、自分の生き方を貫くことはできない。
つまり自由になれないのです。
他者を操作してはいけないし、操作することはできない
「この人は私に何を与えてくれるのか」ではなく、「私はこの人に何を与えられるか」を考えなければいけない。
もしあなたが異を唱えることによって崩れてしまう程度の関係なら、そんな関係など最初から結ぶ必要などない。
こちらから捨ててしまって構わない。
関係が壊れることだけを恐れて生きるのは、他社のために生きる、不自由な生き方です。
褒めてもらうことが目的になってしまうと、結局は他社の価値観に合わせた生き方を選ぶことになります。
褒められるということは、他社から「よい」と評価を受けているわけです。
そして、その行為が「よい」のか「悪い」のかを決めるのは他者の物差しです。
もし褒めてもらうことを望むのなら、他者の物差しに合わせ、自らの事由にブレーキをかけるしかありません。
一方、「ありがとう」は評価ではなく、もっと純粋な感謝の言葉です。
人は感謝の言葉を聞いたとき、自らが他社に貢献できたことを知ります。
他者に働きかけ「私は誰かの役に立っている」と思えること。
他者から「よい」と評価されるのではなく、自らの主観によって「わたしは他社に貢献できている」と思えること。
そこで初めてわれわれは自らの価値を実感することができるのです。
われわれは労働によって他社貢献をなし、共同体にコミットし、わたしは誰かの役に立っていることを実感して、引いては自らの存在意義を受け入れている。
たとえ「ありがとう」の言葉が聞けなかったとしても、食器を片付けながら「わたしは家族の役に立てている」と考えてほしいのです。
他者がわたしに何をしてくれるかではなく、私が他者に何をできるかを考え実践するのです。
10人の人がいるとしたらそのうち1人はどんなことがあってもあなたを批判する。
あなたを嫌ってくるし、こちらもその人のことを好きになれない。
そして10人のうち2人は互いにすべてを受け入れあえる親友になれる。
残りの7人はどちらでもないひとだ。
幸福とは貢献感である。
貢献とは目に見える貢献でなくても構わない。
誰かの役に立てているという主観的な感覚、つまり「貢献感」が持てればそれでいい。
承認欲求を通じて得られた貢献感には自由がない。
貢献感を得るための手段が「他者から承認されること」になってしまうと、結局は他社の望み通りの人生を歩まざるを得ません。
本当に貢献感が持てているのなら、他者からの承認はいらなくなります。
わざわざ他社から認めてもらうまでもなく「わたしは誰かの役に立っている」と、実感できているのですから。

「嫌われる勇気」の感想、書評

「嫌われる勇気」を読んでの感想、今後に生かせる点のまとめです。

・自分は自分の人生を生きているのであって、他人の期待を見たすために生きているわけではないのだから、他人の目や評価を気にするのはやめる。

・生きていく上では自分に何ができるかにフォーカスし、自分にはコントロールできないことについては考えても無駄。自分の課題に集中する。

・自分の本当に望む人生を生きようとするなら、他人に反対されたり嫌われるのはやむを得ない必要なコスト。むしろ他人に嫌われるのは、自分の人生を生きている証。

気になった方はぜひ!

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