転職体験記① 第二新卒から経理を始めるが仕事がわからな過ぎて速攻辞めたくなる。

私は第二新卒からの中堅企業で10年ほどの経理経験を積んだのち、日本を代表する超大手企業の親会社の経理に転職をしました。一般的に転職市場では現状勤めている会社より、規模の大きい会社、知名度の大きい会社、待遇のいい会社などいわゆる””社格”の高い会社へ転職するのは難しいと言われています。私が超大手企業への転職を果たせたのは、そのときの社会的な経済情勢や運によるものも大きいとは思いますが、転職を志す多くの社会人の方の役に立つと思いますので、まずは私の転職経験について書いていきたいと思います。

私の生い立ち

私は家の周りが田んぼだらけの田舎で育ち、子供時代は友人と鬼ごっこをしたりテレビゲームをして遊んでばかりいる子供でした。当然、受験などにも興味がなく、偏差値の高い学校に行くなどという選択肢は自分の中には全くありませんでした。高校も地元の公立高校で、家から近く校舎がきれい、という理由で高校を選びました。今から思い返せば、子供時代にずいぶんともったいない時間の使い方をしていたな、とたびたび思うことがあります。子供のころから受験のための勉強を頭の隅においておけば、もう少し楽に人生を過ごせていたかもしれません。
そんな受験に全く興味もなかった私ですが。高校3年の秋ごろになると周囲の人たちが受験勉強をし始めていることに気が付きました。私の通っていた公立高校は約半分が大学進学、約半分が専門学校と就職というような進路実績の高校でしたので、全く進学校ではないのですが、その中で比較的勉強熱心な友人たちは予備校に通ったりして受験勉強を始めていたのでした。
私はと言えばそれまで塾にもいかず授業中は居眠りばかりしていましたが、負けず嫌いの性格から定期テストの直前だけは勉強をしてクラスのなかではそこそこの点数を取っていました。今になって考えてみると、先生方からみればとても嫌な生徒であったように思います。そんな負けず嫌いの性格と周囲の受験勉強ムードにつられて私も受験勉強を始めることにしました。受験勉強を始めてみると、模試などで偏差値が上がっていくのが楽しく、意外にも受験勉強にのめりこんでいきました。
受験勉強をしっかり行ったのは半年弱と短い期間ではありましたが、そこそこの偏差値の某私立大学の商学部に合格することができました。
大学でもやはり勉強熱心な学生であったとはいえませんが、大学が資格の取得を推奨していましたので大学時代に日商簿記2級やCFP(ファイナンシャルプランナー)の資格を取得したりしました。大学が資格の取得を推奨しているだけあって比較的安い受講料で資格試験の講義を受けられたのはとても恵まれていたな、といまでも思います。やはり、資格取得の受講料はとても高いですから。

はじめての就職活動に大苦戦。若さゆえに自分を過信しすぎる。。

大学3年の冬ごろになると私もご多分に漏れず就職活動を始めました。当時は自分が何になりたいが具体的にはわかりませんが、自分の能力を過信していたこともあり、就職活動における選択肢の中で最も収入が高く、最も難易度が高い会社群である投資銀行業界を目指して就職活動をしました。
投資銀行業界を調べてみるとどうも大きく分けて日系の証券会社の一部門としての投資銀行と、外資系の投資銀行業務をメインとする証券会社があることがわかりました。当時から証券会社の営業部門はいわゆるソルジャーで仕事が大変ストレスフルで離職率MAXという噂は聞いていましたから、より投資銀行業務に就ける可能性の高い外資系の証券会社を中心に説明会や面接に足を運んでいました。外資系の有名証券会社への就職活動では何度かエントリーシートがとおり、面接に呼んでいただいたこともありましたが結果としてはあまりいいお返事はいただけませんでした。今思えばそれも当たり前といえば当たり前で、外資系の投資銀行と言えば20台で1000万円以上の年収が狙える超人気企業群で、旧帝大や早慶などの超有名校から、成績優秀者や帰国子女などその世代のトップレベルの人たちが面接を受けている業界です。私がとても割り込んでいけるような隙は無かったのです。
そんな私は外資系証券会社と併願で国内の証券会社も面接を受けていました。国内の証券会社にも当然投資銀行業務はあり、営業のリテールに配属されるリスクはありますが、どこかのタイミングで投資銀行業務につける可能性もありました。そして私が最終的に就職をしたのは国内の準大手証券の1社でした。証券会社に入ればそのうち投資銀行業務について、社債の発行や新株の発行など大きなディールに携わることができる、とそんな風に思っていたのがそもそもの誤りでした。

はじめてのサラリーマン。営業職のご多分にもれず早期退職

今でも昨日のことのように思い出すことができますが、私が入社した会社では東京のとある会場にその年の新入社員全員を集めて入社式を行いました。私の同期入社は全部で400名ほどいて、総合職が250名ほど、地域職が150名ほどでした。私の入社した証券会社は全国展開をしており、入社式に出席する段階ではまだ自分の配属先は知らされていませんでした。入社式の会場に設置してある椅子にはそれぞれ新入社員の名前が書いてあり、A4サイズの封筒がそこに置かれていました。その封筒の中には、その日の午後の便の新幹線ないしは飛行機のチケットが入っており、400名の新入社員たちは入社式の終了とともにそのチケットをもって配属先の支店に向かったのでした。私もご多分に漏れず地方都市の配属になり、封筒の中に入っていた新幹線のチケットを握りしめて配属先の支店に向かいました。
配属先の支店で私が担当することになったのは法人営業の仕事。法人営業とはいっても、中小企業の法人が半分、その法人のオーナー社長への個人営業が主な仕事でした。証券会社に入社したもののすぐに投資銀行業務につけるとは思っていなかった私は当然自分が営業職に就くことも想定はしていました。しかし、この時の営業の仕事には大きな誤算がありました。
営業の仕事とはお客様のニーズに合わせて必要な商品を提案し、それによってお客様に喜んでいただくことができる仕事と考えていましたがそれはまさに幻想でした。お客様に売るべき商品は基本的に本社で決められており、その商品にマッチしたお客様をひたすら探すというのが当時の私の仕事でした。当然、飛込や電話による新規開拓も多く経験し、なかなかお客様への貢献が感じられない仕事に私は徐々に疑問を感じていきました。また、当時の営業の仕事で身に就くスキルと言えばその会社で取り扱っている商品の知識(つまり、他社に移れば一切役に立たないあ知識)と、コミュニケーション能力くらいでした。そんなお客様への貢献の実感のなさと、身に着けられるスキルに疑問を感じ、私は転職をすることを決意しました。

リーマンショック後の不況のなかでの転職活動。求人が全然ない。

私が1回目の転職活動を始めたのは、リーマンショックの影響がまだ冷めやらぬ非常に景気が悪い時期でした。当時行っていた営業の知識を生かすことができる営業の求人はいくつか見つかりましたが、1社目の経験から営業職に転職しようとは思いませんでしたし、そもそも営業職に転職するのでは意味がありません。しかし、世の中には営業職の求人はあふれており、常に人が求められるとともに人が辞めていく職種なのだな、とあらためて感じました。
そんな中で自分ができそうなこと、やりたいこと、得意なこと、それから今後のためにスキルを身に着けることができる仕事は何か、と考えていったときに選択肢の一つに経理(経営管理)という仕事がありました。学生時代から数字を扱うことは得意でしたし、大学時代には日商簿記検定2級を取得していました。(その後、1級の取得も考えましたが、大学内で講義が受けられた2級までと違い1級ではダブルスクールが必要になること、試験範囲が当時の自分には膨大に思え、受かる気がしなかったため断念しました。)また、経理の仕事は専門性があり、かつ、汎用的なスキルであることから、勤務先を辞めなければ、又は、辞めたくなるような状況が生じたときに別の会社に移れる可能性が高い、というのも経理をしようと思った理由の一つでした。
そうはいうものの経理職への転職は簡単なものではありませんでした。経理への転職は一般的に経験者採用がほとんどで営業職あがりの第二新卒が受けられそうな会社は、ブルックな雰囲気漂う中小企業や、一部の外資系企業がほとんどでした。そういった選択肢の中でも私はいくつかの求人に応募をしていきましたがなかなか思ったように成果は上がりませんでした。そんな中でたまたま大手企業の上場子会社の経理職で、未経験でも受けられる中途採用をしている会社を偶然見つけました。千載一遇のチャンスと思い履歴書と職務経歴書を出すと、幸運なことにその会社から内定を頂くことができました。営業職の仕事にほとほと疲れていた私にとって、その内定の知らせは天にも昇るような嬉しいニュースでした。

第二新卒からの未経験中途採用経理職。仕事が本当にわからない。

そうして私はついに営業職の仕事を抜け出し、経理職としてのキャリアを歩み始めました。しかし、私の経理のキャリアのスタートは順調とは言えない厳しいものでした。まず、私は第二新卒ではありますが中途として入社したため、職場ではOJTのみできちんとした指導を受けるような時間はほとんどありませんでした。(OJTというよりはただの引継ぎといった方が正しいでしょうか。)その中で次々に新しい仕事が舞い込んできて正直なところ私はすぐにその会社を辞めたいと思いました。(なんともヘタレですね。)経理の仕事をして最初につらかったのは自分のPC能力の低さです。経理を始めるまでPCには苦手意識もなく、ブラインドタッチも普通にできたのでPC操作に苦労するとは思っていませんでしたが、当時の私にとっては経理のPCスキルは別格でした。まず第一に同僚や上司のほとんどがマウスをあまり使わずほとんどの操作をキーボード(ショートカットキーやファンクションキーを駆使して)で行っているのです。当時、コピー、ペースト、切り取りくらいしか知らなかった私にとっては、過酷な環境でした。とはいえ一度覚えれば後戻りはできないほどに格段に作業スピードは上がりました。今では、周りの人にエクセル操作を教えることも多々あるほどになり感謝しています。
もう一つ大変だったのは、簿記の勉強と経理の実務は全く違う、ということが当時経理を始めたときに苦労した点でした。私は経理を始めた当初、経費の精算や固定資産の減価償却などを担当しましたが、簿記の知識だけでは経理の実務をどうやって進めて良いかわからず、また会計システム(いわゆるERPと呼ばれるような在庫、債権債務などを包括的に管理するようなシステム)の仕様になれずなかなか苦労しました。

その時仕事がいやでいやでたまらなかった私は定期的に転職活動をしながら仕事を続けていましたが、第二新卒でやっと経理をはじめた私を受け入れてくれるようなまともな企業は全く見つからず、結果をして経理の仕事を続けていくことになりました。当時の職場では、年齢の近い同僚が多かったことも幸いして、仕事へのストレスは経験年数が長くなるにつれ徐々に緩和されていったのでした。